電力設備などから発生する50・60Hz(ヘルツ)の電磁波(電磁界)の健康問題に関する歴史的な経緯を説明します。

電界の問題

発端は、1966年にソビエト連邦(当時)の500kV(キロボルト)の電力設備で働く作業員から寄せられた頭痛や無気力感、吐き気、疲労感などの不定愁訴の報告でした。これは強い低周波電界に職業的にばく露したことが原因ではないかと疑われましたが、その後の研究・調査の結果、原因は電界ではないことが分かっています。

磁界の問題

1970年代から米国の研究者が、送電線の周辺に住む子どもの健康(小児がん)について報告しました。これをきっかけにして、日常的な電気の使用により発生する磁界が、健康に影響を与えるのではないかということに関心が集まりました。これにより、人々の電磁界の健康影響への関心は、電界から磁界へ移り、今日に至るまで世界中で磁界と健康影響に関する研究や議論が続けられています。

1973年765kV超高圧送電線建設プロジェクト(米国)訴訟

1973年、米国ニューヨーク州の765kV超高圧送電線の建設プロジェクトに反対する住民から訴訟が起き社会問題となりましたが、州の公益事業委員会の調停によって和解が成立しました。

その和解条件は、

  • 電界の制限値を既設送電線下レベルの1.6kV/m(キロボルト/メートル)とする
  • これ以降は、安全が確認されるまで765kV送電線の建設は認めない
  • 安全性を確認するために電磁界の影響を研究調査する

というものでした。

この判決を受け、ニューヨーク州送電線プロジェクトが開始され、電磁界の影響調査・研究が計画されました。このプロジェクトのもと、1970年代後半~1980年代にかけて積極的な研究が行われ、最終報告書が1987年に公表されました。報告書の結論は、「生活・職場環境で見られる低周波電界による生体・健康に悪影響を及ぼすような科学的根拠は見られなかった」とするものでした。

この訴訟によって、電磁界問題(電界問題)が一般的に認知されるようになりました。

1979年ワートハイマー、リーパー(米国)の疫学研究

1979年、米国の疫学研究者ワートハイマーとリーパーは、低周波磁界と人の健康に対する疫学調査結果を公表しました。この研究は、コロラド州デンバーにおいて1950年~1973年に小児がんで死亡した344人について症例対照研究を行ったもので、その結果は、送電線・配電線の近くに住む子供は小児がん死亡率が高いことを示唆するものでした。

1987年サビッツ(米国)の疫学研究

1987年、米国ノースカロライナ大学公衆衛生学部のサビッツらは、配電線の近くに住んでいた14歳以下の小児がん(特に白血病)の発症率が、配電線の近くに住んでいない子供と比較して1.5~2倍高いという報告を公表しました。

当時、疫学者として著名なサビッツの疫学研究によって、発症率が増加するとの結論が出されたため注目を集めました。

1992年ファイヒティング、アールボム(スウェーデン)の疫学研究

1992年、スウェーデン国立カロリンスカ研究所のファイヒティングとアールボムが、1960年~1985年までのスウェーデン国内のデータを解析し、送電線から300m以内に住む子供の小児白血病を発症する相対危険比は、磁界ばく露レベル(計算値)が0.2µT(マイクロテスラ)以上で2.7倍になるとの結果を公表しました。

こうした疫学研究報告により、電磁界の健康影響問題がメディアで取り上げられるようになり、電磁界は社会問題として一般の人々に認知されるようになりました。

国際機関などにおける主な電磁界研究の取り組み

  • 1987年、世界保健機関(WHO)は、「環境保健クライテリアNo.69(磁界)」で、誘導電流密度1mA/m2(ミリアンペア/平方メートル)(※磁界レベルでは500µTに相当)以下では確立された影響はないと公表しました。
  • 1993年、米国政府は、米国エネルギー政策法(1992年10月法案可決)に基づき、1993年から6年間、約6500万ドルの費用を投じ、電界および磁界の研究と一般公衆への情報普及計画(EMF-RAPID計画)を開始しました。
  • 1996年、WHOは「国際電磁界プロジェクト」を発足させました。
  • 1999年、EMF-RAPID計画の最終報告「超低周波電磁界へのばく露が有害であることを示す科学的証拠は弱い」との結論が公表されました。
  • 2001年、国際がん研究機関(IARC)は、超低周波磁界に対して「発がん性があるかもしれない(グループ2B)」、超低周波電界および静磁界静電界に対して「発がん性を分類できない(グループ3)」との、発がん性評価を公表しました。
  • 2007年、WHOは、「環境保健クライテリア№238(超低周波電磁界)」で、「疫学調査で示唆された小児白血病と超低周波磁界との関連性に関する証拠は、因果関係があると考えるほどには証拠は強くないが、関心を残すには十分に強い。その他のいくつかの疾患と超低周波磁界とのつながりを支持する科学的証拠は、小児白血病のものよりさらに弱い。」と公表し、「ファクトシート№322」で「小児白血病に関連する証拠は因果関係と見なせるほど強いものではありません。」と公表しました。

日本国内における経緯

1976年に電力設備から発生する電界に対する規制が導入されました。ただし、この規制は人への健康影響を防止する目的ではなく、人による静電誘導の感知(ドアノブに触れた時に静電気によりパチッとする感じと同じ感覚)などを防止するために導入されたものです。

以下に日本の電力設備から発生する電磁界の健康影響に関する研究と対応を紹介します。

  • 1982年、電力中央研究所が「電磁界の生物影響研究」に着手しました。
  • 1984年、電力中央研究所が米国エネルギー省と日米科学技術協定によるヒヒを用いた電磁界影響に関する共同研究を着手し、1992年に「電磁界がヒヒの行動・神経生理に与える影響は認められない」との研究結果を公表しました。
  • 1990年代、環境庁(現環境省)や科学技術庁(現文部科学省)、通商産業省(現経済産業省)、厚生労働省が研究を行いましたが、それらの研究結果はおおむね、超低周波電磁界による健康への影響は認められないとされました。
  • 2006年、国立環境研究所(兜眞徳ら)が報告した疫学研究では、居住環境での0.4µT以上の磁界への長期的ばく露で小児白血病のリスク上昇が観察されました。
  • 2007年、経済産業省が電力設備から発生する電磁界に関して、WHOの動きと並行して、総合資源エネルギー調査会 原子力安全・保安部会 電力安全小委員会内に「電力設備電磁界対策ワーキンググループ」を設置しました。2008年6月の報告書では、国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)ガイドラインにもとづく磁界ばく露制限値の導入、研究の推進、電磁界情報センター機能の構築を含むリスクコミュニケーションの充実、ばく露低減のための低費用の方策などの政策提言を公表しました。
  • 2008年7月、この提言を受け、中立的な常設の組織として当センターが設立されました。
  • 2011年3月、電力設備から発生する磁界のレベルに対しては、ICNIRPの低周波ガイドライン(2010)が提唱するばく露制限値(200µT)を導入することが決定され、同年10月に経済産業省令(電気設備の技術基準を定める省令)が施行されました。

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