超低周波電磁界によるがん以外の健康影響について、世界保健機関(WHO)環境保健クライテリアNo.2381)の第1章で、以下のように要約されています。

神経行動

超低周波電界へのばく露は、表面電荷の影響を通じて、知覚から不快感までの明確な生体反応を生じます。これらの反応は、電界強度、周囲環境条件および個人の感受性によって違いがありますが、直接知覚の閾値は、ボランティアの10 パーセンタイル値で2~20 キロボルト/メートル、不快感の閾値は、ボランティアの5 パーセンタイル値で15~20 キロボルト/メートルです。人体から地面へのスパーク放電の電界が5 キロボルト/メートルの時、ボランティアの7 パーセントが痛みを感じます。一方、帯電物体から人体を通して地面へ放電する場合は、その物体の大きさにより閾値が変化するため個別の評価が必要です。

大きな磁界強度で高速のパルス磁界は、末梢神経または中枢神経組織を刺激します。このような影響は磁気共鳴イメージング(MRI)中に生じます。また、これを利用して経頭蓋磁気刺激も行われています。誘導電界で直接に神経刺激する場合の閾値は、数ボルト/メートルの低さであり、数ヘルツから数キロヘルツの周波数範囲にわたり一定であると考えられています。てんかん患者またはてんかん素因を持つ人は、超低周波誘導電界に対する中枢神経系(CNS)の感受性がより高いと思われます。さらに、CNS の電気刺激に対する感受性は、てんかん発作の家族歴、三環系抗うつ剤、神経弛緩薬、発作閾値を下げる薬剤の使用に関連しているようです。

CNS の一部である網膜の機能は、神経の直接刺激を生じるよりも弱い超低周波磁界へのばく露で影響を受けます。チラチラする光の感覚(磁気閃光と呼ばれる)が、誘導電界と網膜の電気興奮性細胞との相互作用により生じるのです。この感覚の閾値は、網膜の細胞外液での誘導電界強度でみると、20ヘルツで約10~100ミリボルト/メートルと推定されていますが、この値にはかなり不確かな部分があります。

ボランティア研究における、脳の電気的活動、認知、睡眠、過敏性および気分などの上記以外の神経行動的影響に関しては、明確な証拠はあまりありません。全般的にみて、このような研究は、上記の影響を誘導するために必要とするばく露レベル以下で実施されているため、多く見積っても、微弱で一時的な影響の証拠しかえられません。微弱で一時的な反応を起こすのに必要な条件は、現在のところ明確にされていません。ある認知課題の反応時間および正確さ低下に対する影響が電磁界依存的であることを示唆する研究結果があり、これは脳の全体的電気活動に関する研究からも支持されています。磁界が睡眠の質に影響するか否かを調査した研究では、矛盾する結果が報告されています。これらの矛盾は、研究間でのデザインの違いに原因がある可能性があります。

電磁界全般に対して過敏であると主張する人が一部にいます。しかし、二重ブラインド誘発研究では、報告されている症状は電磁界ばく露に関連しないものであるという証拠が示されています。

超低周波電界および磁界へのばく露がうつ症状または自殺を引き起こすことについての証拠は、一貫性がなく、かつ決定的ではありません。したがって、その証拠は不十分と考えられています。

動物において、一連のばく露条件を用いて多くの観点から、超低周波電磁界ばく露が神経行動的機能に影響する可能性を調べています。確たる影響はほとんど確立されていません。動物が超低周波電界を感知できることについては説得力のある証拠があります。これは表面電荷効果の結果生じるものと思われ、一時的な覚醒反応または軽度のストレスを起こすこともあります。ラットでは、その感知範囲は3~13 キロボルト/メートルです。げっ歯類では、50 キロボルト/メートル以上の電界強度に対して忌避行動をとることが示されています。これ以外の電界依存性の変化は十分に明確でありません。実験研究で微妙な一時的影響の証拠が示されているのみです。磁界へのばく露が脳内のオピオイドやコリン作用性神経伝達機能を変化させるかもしれないという証拠がいくつかあり、これらには、鎮痛への影響および空間記憶課題の習得や成績への影響を調べた研究の結果による支持があります。

神経内分泌系

ボランティア研究、居住環境および職業環境に関する疫学研究の結果は、超低周波電界または磁界へのばく露が神経内分泌系に有害な影響をおよぼさないことを示しています。このことは、松果体から放出されるメラトニンなど神経内分泌系の特定のホルモンの血中レベルや、下垂体から放出され代謝と生理の調節に関与するいくつかのホルモンについてとくにいえます。あるばく露特性に関連してメラトニン放出タイミングに微妙な違いが観察されることが時にありますが、これは一貫したものではありません。非常に難しい問題は、ホルモンレベルに影響をおよぼしうる環境やライフスタイル上のさまざまな要因による交絡(リスク)の可能性を排除することです。ボランティアの夜間メラトニンレベルに対する超低周波電磁界ばく露の影響を調べた実験室での研究の大半は、可能性のある交絡因子のコントロールに配慮した場合には、影響がみられませんでした。

ラットの松果体や血清メラトニンレベルに対する超低周波の電界および磁界の影響を調べた多数の動物研究のなかには、ばく露による夜間メラトニン抑制の報告がいくつかあります。メラトニンレベルの変化は、初期の研究において、100 キロボルト/メートルまでの電界ばく露時に初めて観察されましたが、それを再現することはできませんでした。その後に行われた一連の研究は回転磁界で夜間メラトニンレベルが抑制されるという結果を示しましたが、ばく露後の動物とばく露前の動物とを不適切に比較しているため、その結果の重みは小さくなりました。げっ歯類を用いて数マイクロテスラから5ミリテスラまでの強度レベルの範囲で行われたその他の実験のデータは両意にとれるものであり、メラトニン抑制を示す結果もあれば、変化がないことを示す結果もあります。季節繁殖する動物では、メラトニンレベルおよびメラトニン依存性の生殖状態に対する超低周波電磁界ばく露の影響に関する証拠は否定的なものが支配的です。超低周波の電磁界に慢性ばく露されたヒト以外の霊長類の研究では、メラトニンレベルに対する影響を説得力をもって示してはいませんが、不規則で間欠的なばく露に反応したメラトニン抑制が2種類の動物を用いた予備的研究で報告されています。

In vitro研究は比較的少数しか行われていませんが、摘出された松果体のメラトニン産生または放出に対する超低周波電磁界ばく露の影響はさまざまです。超低周波電磁界ばく露がin vitroの乳がん細胞へのメラトニンの作用を阻害するという証拠は興味深いものです。しかし、このような実験では、培養中に細胞株の遺伝子型および表現型のドリフト(偶然性変化)が頻繁にみられるため、他の研究機関での再現が難しくなっています。

さまざまな哺乳類の下垂体-副腎系のストレス関連ホルモンについて、一貫した影響は示されていませんが、可能性のある例外として、知覚するに十分な高レベルの超低周波電界ばく露の開始に続く、短時間だけみられるストレスがあります。また、成長ホルモン、代謝活性調節ホルモン、生殖・性的発育の制御ホルモンのレベルについて実施された研究は少数ですが、大半が否定的または一貫性のない影響を示しています。

全体として、超低周波電界および磁界が、ヒトの健康への有害な影響となるような神経内分泌系への影響を与えることを、以上のデータは示しておらず、したがって証拠は不十分と考えられます。

神経変性疾患

超低周波電磁界へのばく露がいくつかの神経変性疾患と関連するという仮説が検討されてきました。パーキンソン病と多発性硬化症(MS)については、研究の数が少なく、これらの疾病との関連性を示す証拠はありません。アルツハイマー病と筋萎縮性側索硬化症(ALS)については、それより多くの研究が公表されています。これらの報告のなかには、電気に関連した職業に従事した人にALS のリスク上昇があるかもしれないことを示すものがあります。これまでのところ、この関連性を説明するような生物学的メカニズムは明確になっていませんが、電気ショックなど電気的職業に関連した交絡因子が原因で関連がみられた可能性があります。全体として、超低周波電磁界ばく露とALSとの関連性についての証拠は不十分と考えられます。

超低周波電磁界ばく露とアルツハイマー病との関連を調べている少数の研究には一貫性がありません。しかし、アルツハイマー病の罹患率を調べた研究は、死亡率を調べた研究より品質が高くなりますが、そのような研究は関連を示していません。まとめると、超低周波電磁界ばく露とアルツハイマー病との関連性についての証拠は不十分です。

心臓血管系疾患

電気ショックは明白な健康ハザードですが、その他に心臓血管系へのハザードのある影響が、一般環境または職業環境で通常遭遇するばく露レベルでは起きないことを、短期および長期ばく露の実験研究のいずれもが示しています。文献では、さまざまな心臓血管系の変化が報告されていますが、そのような影響の大部分は小さいものであり、得られた結果を見ると、同一研究内および個々の研究間で一貫性がありません。1 つの研究を除き、心臓血管系疾患の罹患率・死亡率の研究はばく露との関連を示していません。ばく露と心臓の自律神経制御の変化との間に一定の関連あるか否かは推測の域をでません。全体として、証拠は超低周波電磁界ばく露と心臓血管系疾患との関連を支持していません。

免疫学および血液学

免疫系の構成要素に対する超低周波電界または磁界の影響に関する証拠は、全体として一貫性がありません。免疫細胞集団および機能マーカーの多くはばく露の影響を受けません。しかしながら、10 マイクロテスラ~2 ミリテスラの磁界を用いたヒトでの研究の一部において、ナチュラルキラー細胞の増加または減少、総白血球数の変化なしまたは減少が観察されています。動物研究では、雌マウスでナチュラルキラー細胞の活性低下がみられる一方、雄マウスまたは雌雄のラットではみられていません。総白血球数も、研究によって減少または変化なしが報告されており、一致していません。これらの動物のばく露は、2 マイクロテスラ~30 ミリテスラとさらに広範囲でした。健康影響の潜在性についてこれらのデータの解釈が困難な理由は、ばく露と環境条件の大きなばらつき、試験対象数が比較的少数であること、エンドポイントが広範であることにあります。

血液系に対する超低周波磁界の影響については少数の研究が実施されています。白血球分画を評価した実験では2 マイクロテスラ~2 ミリテスラ の範囲のばく露が行われています。超低周波磁界、または超低周波電界と磁界の組み合わせへの急性ばく露については、ヒトまたは動物での研究のいずれにおいても一貫した影響はみられていません。

全体として、免疫および血液系に対する超低周波電界または磁界の影響についての証拠は不十分と考えられます。

生殖および発達

全体として疫学研究は、ヒトの生殖への有害な影響と母親または父親の超低周波電磁界ばく露との関連を示していません。母親の磁界ばく露に関連した流産のリスク上昇について証拠がいくつか示されていますが、この証拠は不十分です。

大規模対象集団および数世代にわたるばく露の研究を含め、哺乳類のいくつかの種で150 キロボルト/メートルまでの超低周波電界へのばく露の影響が調べられました。その結果は一貫して、発達への悪影響がないことを示しました。

20 ミリテスラまでの超低周波磁界への哺乳類のばく露は、外表奇形、内臓奇形、骨格奇形を生じませんでした。一部の研究は、ラットおよびマウスの両方において、軽微な骨格異常の増加を示しています。骨格の変形は奇形学研究では比較的よくみられるものであり、多くの場合、生物学的に意味はないと考えられます。しかし、骨格の発達に対する磁界の微少な影響は排除できません。

生殖への影響に取り組んだ研究はごく少数しか発表されていないため、それらから結論を導き出すことはできません。

哺乳類以外の実験モデル(鶏胚、魚、ウニ、昆虫)に関するいくつかの研究は、マイクロテスラレベルの超低周波磁界が初期発生を妨げるかもしれないという知見を報告しています。しかし、発生毒性の全体的評価において哺乳類以外の実験モデルでの知見がもつ重みは、それに対応する哺乳類研究のものに比べ小さいです。

全体として、発達および生殖への影響に関する証拠は不十分です。

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