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人間集団を対象とする疫学研究では、実験研究とは異なり、生活を営む人々について調査することから、さまざまな限界や制約があります。そのため、得られたデータやそれにもとづいた推測には、真実と食い違う部分が含まれてしまいます。この食い違いに一定の傾向があること、あるいはそのような食い違いがデータに混ざり込むことをバイアスといいます。主なバイアスは、調査対象を選択する過程と対象者から回答を得る過程で生じます。
研究に参加する個人やグループを選ぶ際に生じるバイアスを「選択バイアス」といいます。研究への参加は、参加者の協力や関心の程度などに依存することになります。そのため、参加者集団とそれを含む母集団にはある程度のバイアスがあります。
例として、喫煙と肺がんの症例対照研究において、肺がんの喫煙者が全て参加した場合とその一部にしか参加してもらえなかった(選択バイアスがある)場合について、選択バイアスが結果にどのように影響するかを以下に示します。
|
喫煙者 |
非喫煙者 |
合計 |
オッズ比 |
---|---|---|---|---|
肺がん患者 |
50人 |
10人 |
60人 |
(50÷10)/(100÷100)=5 |
健康な人 |
100人 |
100人 |
200人 |
|
喫煙者 |
非喫煙者 |
合計 |
オッズ比 |
---|---|---|---|---|
肺がん患者 |
10人 |
10人 |
20人 |
(10÷10)/(100÷100)=1 |
健康な人 |
100人 |
100人 |
200人 |
本来ですと、健康な人に比べた肺がん患者での喫煙のオッズ比は5になりますが、喫煙習慣を持つ肺がん患者に選択バイアスがあると(この例では、50人のうち10人のみが参加協力)、そのオッズ比は1となり、関連性がないと判断されてしまいます。また逆に、肺がんの非喫煙者に選択バイアスがあると、オッズ比は本来よりも大きくなります。
疫学の調査項目は行政的資料や医学的記録など客観的裏付けのあるものばかりではありません。過去の生活習慣や行動など、対象者の思い起こし(想起)に頼って回答を得るものがあります。このような回答は不正確さを免れませんが、その不正確さに一定の傾向があるときに生じるバイアスを「想起バイアス」といいます。
例として、喫煙と肺がんの症例対照研究で過去の喫煙本数を想起して回答する場合、肺がん患者のなかに実際の本数より少なめの回答をする人が多いという想起バイアスがあると、それが結果にどのように影響するかを次に示します。
1日の喫煙本数 |
20本以上 |
20本未満 |
合計 |
オッズ比 |
---|---|---|---|---|
肺がん患者 |
50人 |
10人 |
60人 |
(50÷10)/(100÷100)=5 |
健康な人 |
100人 |
100人 |
200人 |
1日の喫煙本数 |
20本以上 |
20本未満 |
合計 |
オッズ比 |
---|---|---|---|---|
肺がん患者 |
30人 |
30人 |
60人 |
(30÷30)/(100÷100)=1 |
健康な人 |
100人 |
100人 |
200人 |
本来ですと、健康な人に比べた肺がん患者での20本以上喫煙のオッズ比は5になりますが、喫煙習慣を持つ肺がん患者に喫煙本数を少なめに回答するという想起バイアスがあると(この例では、50 人のうち20 人が過少に回答)、オッズ比は1 となり、喫煙本数と肺がん発病との間に関連性がないと判断されてしまいます。
疾病には複数の因子の影響が同時に関わり合います。これらの因子間には共通性や関連性があるものがあります。ある要因に注目して、発病との関連性を分析する場合、その要因に関連する因子を交絡因子(交じり絡む因子)といい、分析ではこれらの交絡因子に十分配慮する必要があります。
例として、飲酒に注目して、肺がんとの関連性を調べる場合を考えます。そのとき下図のように、調べようとする要因(飲酒)以外に、別の要因(喫煙)が肺がんと因果関係があり、また、この2つの要因(飲酒と喫煙)には行動特性として関連があるとします。この例では、調べようとする要因(飲酒)にとって、別の要因(喫煙)は交絡因子です。この交絡因子を調整した分析を行わないと、3者の間接的な関連により、飲酒と肺がんに見かけ上の関連が現れてしまいます。
交絡因子には、次表のようにさまざまなものがあります。疫学研究では、これらの交絡因子を綿密に調査し、交絡因子が結果に影響を与えないように調整した分析をします。
分類 | 内容 |
---|---|
宿主要因 | 遺伝、年齢、性、既往疾患、生理的/病態生理条件、性格、精神的ストレス |
環境要因 (社会経済文化的) |
出生地・居住地(工業地域、交通量)、住居(換気、冷暖房、下水設備)、食生活(栄養素、嗜好、食品汚染)、嗜好品(飲酒、コーヒー、喫煙)、職業(労働環境) |
環境要因 (自然) |
物理(騒音、振動)、化学(化学薬品、農薬、天然毒)、地域(飲料水、水質、大気汚染) |
病因要因 | 細菌、病原体、発がん物質 |
ばく露評価とは、電磁界(低周波の場合は磁界)の健康影響に関する疫学研究において、調査対象者が疾病の誘発にかかわる期間にどのような磁界レベルのばく露を受けていたかを推定することです。
調査対象者の過去の磁界ばく露を評価(推定)する方法には、住居付近の電力線サイズの分類による方法(ワイアコード法)、住居内での磁界を計算する方法、住居内での磁界を測定する方法などが行われています。
磁界ばく露レベルを、現地の測定ではなく、電力線のサイズや距離などから推定した指標をワイアコードと呼んでいます。磁界は電線に流れる電流が大きくなるほど、また電線に近くなるほど強くなることから、電線の規模が大きいほど、また住居が電線に近いほど、その住居の磁界は強くなるという仮定のもとに指標化されています。
ワイアコードは、比較的簡便に磁界ばく露レベルを推定することができる反面、以下の問題点が指摘されています。
過去の送電記録の電流値、送電線と住宅の距離、電線の高さ、電線の配置などを考慮して磁界の強さを計算し、その値を、磁界ばく露レベルの推定値として使用するものです。
磁界測定器を対象者に携帯してもらい、一定期間、人の生活行動にともなう磁界ばく露レベルを測定する方法です。送電線以外に家電製品などからの磁界のばく露も調べることができます。
ある地点(たとえば寝室)に測定器を置き、一定の測定時間中の測定値の最大値や平均値などを磁界ばく露レベルの推定値として使用するものです。しかし、上図の連続測定データから明らかなように生活行動により磁界レベルは変化するため、実際の磁界ばく露を十分に反映していない可能性があります。