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豪華客船タイタニック号が乗客・乗員約2,200名を乗せてイギリス・サザンプトン港を出航し、アメリカのニューヨークに向けて処女航海に出たのは1912年4月10日のことでした。
出航後、流氷原があるとの警告を受けていたはずなのに、4月15日早朝アメリカ・マサチュセッツ州ボストンの東1,610km、ニューファンドランド、セントジューンズ沖約600kmで不沈の豪華客船と呼ばれたタイタニック号が氷山に衝突して沈没したとされています。死者は1,517名とも言われ歴史上有名な海難事故でした。
タイタニック号が氷山に衝突して沈没した翌日、1912年4月16日のニューヨーク・トリビューン紙には、タイタニック号の沈没を伝える記事が新聞紙面を飾っていたのではないかと連想されますが、手元に同日付けの紙面の一部を飾った記事を切り抜いたコピーがあります。大学時代の恩師が、米国出張中に宿泊したホテルで偶然目に留めた記事で、恩師の手書きで「New York Tribune Apr. 16th. 1912年“タイタニックが沈没した翌日の新聞記事”」とのメモがコピーに添え書きされています。これは、タイトル“Electricity aids children”、サブタイトルとして“Experiments prove it promotes bodily growth and intelligence”なるパリ発の記事をコピーしたものです。記事の内容は、スウェーデンの科学者アレニウス教授が、人間の成長に対する電気の効果を調べた結果を述べたものと思われます。記事は短いので全文を翻訳すると次のようになります。
パリ、4月5日発 -スウェーデンの科学者、アレニウス教授が、ストックホルムで人間の体の成長に及ぼす電気の影響に関して興味ある実験を行った。
Matinによれば、年齢、健康、体重、身長、知性ともに同じような50人の2組の子供のグループがスウェーデンの公共の学校から選ばれた。一つのグループは電気設備が備えられており、壁、床、天井から高い電流をワイアから空気中に放射している部屋で勉強した。もうひとつのグループは、普通の教室で勉強した。実験に選ばれた子供も先生も、実験が行われていることは知らなかった。6ヶ月後、電流が空気中に流れている環境で過ごした子供は、もう一つのグループより平均として3/4 インチ背が伸びた。また知性も著しく発達し、競争試験では決定的な差をつけた。電流が流されている環境で過ごした先生は、疲労に対する抵抗力が増したと断言した。
記事に書かれた実験を行ったと考えられるアレニウス教授(Svante August Arrhenius:1859-1927)は、物理化学の分野で著名なスウェーデンの化学者であり、電解質溶液の理論に関する研究で1903年にノーベル化学賞を授与されています。
スウェーデンからの記事が掲載されているすぐ下には、手元のコピーからは全文を読み取ることができませんが、ロンドンからの4月6日発記事「シベリア横断旅行」鉄道報告書として日本・中国へ、また日本・中国からシベリア横断鉄道を利用する旅行者が著しく増加していることを書いてある記事にも興味がそそられます。1912年は、明治天皇が逝去し、石川啄木が26歳で死んだ年です。
ともあれ、1912年において電気刺激を与え、子供の成長、知性が高まる実験が行われていたこと、それを行った研究者が、ノ-ベル化学賞を授与されたスウェーデンのアレニウス教授であることには驚かされます。
電気で刺激を加えて、電気の有効、プラスの効果を観察しようとする考えの背景にあるのはなんでしょうか。古く、空中電気が発見され、18世紀には雷が電気と同じであることの証明がフランクリン等によってなされました。フランクリンに論争を挑んだフランスのノレ師は1745年以降、動物や植物に対する電気の作用を調べる実験も行っています。19世紀後半から20世紀前半にかけては、フィンランドのレムストレーム教授(Selim Lemstrom)らが、空中電気の研究を進め空中の電気現象がヒトや植物・動物に作用を及ぼすのではないかとの研究を始めている時代、空中電気の植物の成長・収穫を促進させるのかどうかなど、電気の有効的な効果を見るための一連の実験が行われるようになってきた時です。 レムストレーム教授らの実験は、空中に架空線を張って片方を接地させ、架空線と大地との間に電界を発生させ、その中で植物を栽培して実験を行っています。 このような実験から、レムストレーム教授は、空気中の窒素・酸素によりオゾン、硝酸塩の生成をもたらす放電の効果を植物生育促進の要因として考えています。 最初、フィンランド語で発表されたレムストレーム教授の著書が英語で翻訳出版されたのは1904年のことです。
このような時代を考えると、また、人生の後半、空中電気の研究に携わっているアレニウス教授にとっては、自然現象である雷、直流電気現象の作用を調べようとして電気を加えることが人間の成長に良い効果をもたらす可能性があるような実験を行ったのにも納得できます。 アレニウス教授は、電解質溶液の理論研究以外に、気象電気、溶液の粘性、反応速度論についての研究に従事し、後年は、大気中の二酸化炭素濃度変化などに興味を持ち、現在の地球環境問題の先駆者とみなされています。