空中電気の発見以降、自然の電気現象による樹木の生長や植物の収量増加を意図した実験、自然現象がヒトに与える影響を調べる研究が次第に進められていきました。

ライデン瓶の発明により、電気を人工的にかつ安定に作ることができるようになったことから、多くの研究者が自然の電気現象を人工的に模擬した状況を作り出し、樹木、植物への影響についての研究に携わるようになりました。

特に、前回の今昔で述べたように、レムストロ-ム教授が空中に配した架空線に電気を加えて、線下に植えた作物の収量を増加させることを目的とした研究は、「電気栽培(Electroculture)」として多くの研究者が注目するところとなりました。

澁澤元治の研究と影響

明治生まれの澁澤元治(1876~1975)は、レムストレーム教授の研究に興味を持ち、1921年から9年間にわたり、電気の植物への成長についての実験研究を行いました。その実験の途中で得られた結果の一部を澁澤教授は、東京帝国大学植物学柴田桂太教授(1877~1949)との連名で、1927年の電気学会誌に「植物の生長に對する電氣の影響に関する研究」のタイトルで発表しました。論文の内容は、植物の成長に対して電気、すなわち高圧交流、高圧直流、高圧高周波電流を加えた時の影響を調べた基礎的な実験結果です。実験は、植物上方、15~30cm離した細銅線網に高電圧を加え、植物体にイオンまたは誘導作用による微小電流を流して、トウモロコシ、ソバ、エンドウ、コムギ、ゴボウ、ダイズおよびタバコを用いて、茎、葉全体の乾物量を比較しています。

その結果を要約すると、

  • 交流50Hz、21kVを加えた場合、トウモロコシ、ソバ、エンドウ、コムギでは成長が促進され、特にソバでは8-8.9%ほどの増長が見られた。
  • 直流電圧、-(マイナス)10-15kVを加えた場合、タバコについては、当初、増長は見られないが、最終的には21.7%の増長が見られた。この実験では、電圧を一定に保つ、あるいは植物体内の電流を一定に保つために電圧を変化している。
  • 高周波電圧130kHz、13kVを加えた場合、ソバに12.5%の増長が見られた。
  • さらに一定温度の暗箱中で、突針に130kHzの高周波、500Vの直流を加え、イオンによる影響を調べた。突針下においたエンバク(幼芽)の子葉鞘の伸長の増加が観察されたが、その原因は明らかでない。 澁澤等は、このような実験結果を発表した後、引き続き圃場での実験を行いました。これら比較的小規模な温室および圃場を利用した9年間にわたった研究から、澁澤は植物の成長に対する電気の影響について、自著「電界随想」において以下のように回顧しています。
  • 植物は電気(高圧電流、高圧交流、高周波電流)の刺激によりある程度増長する。(但し、葉、茎の成長のみについての試験)
  • レムストレーム教授の書にあるような多大の増収を得ることは極めて疑わしい。
  • 温室内の実験は、温度を調節することにより一年中数多くの実験をくり返し得て促進することが出来ると予想したのだが、夏期は温度が余りに昇って害がある。冬期は植物生活の自然の法則に反するので温度だけ昇しても結果が不安定となる。又温室内では実験に用うる植物の株数に制限があり各個の偏差による誤差が大きい。等の理由で余り多くの実験を期待することが出来なかった。
  • 植物は一般に個性による差が大きいから、実験室又は小なる圃場における実験結果を以てこれを広い農場の場合へ一般的に類推して断言することは大なる誤りを生ずる。

さらに、「終りに一言する。余の行った実験結果は、実際農場に応用して経済的であるかは極めて疑わしいが、植物生理に電気がある影響を与えることは確かである。よってこれがためこの種の研究意欲を阻害することなく、 更に条件を改め最新電子工学を応用して研究を試みられる有志の現われんこと。」と述べています。

実験を行った澁澤元冶は、澁澤栄一(1840~1931)の甥で、パリにおいて、1921年(大正10年)に開催された第1回CIGRE大会(国際大電力システム会議)に主席代表として参加し、同時にパリのソルボンヌ大学で開かれたアンペールの発見100年記念式に列席しています。また、澁澤教授は電気保安行政の礎を築いたことで1955年に文化功労者になり、1956年には文化功労者として表彰されたことを記念して「澁澤賞」が制定されました。爾来、今日まで電気保安について顕緒な功績があった者が「澁澤賞」として表彰されています。澁澤教授は、東京帝国大学教授を務めた後、名古屋帝国大学(現名古屋大学)の初代総長を務めました。
澁澤教授らが行った植物の成長に対する電気刺激の実験は、余り顧みられることはありませんでしたが、40年ほど前、1970年代の後半より、人工的に発生させた電気の植物の成長に対する影響について、あらためて研究が行われるようになっていきました。 そのきっかけは、電力需要の増加に伴い、高電圧の架空送電線が計画され、送電線を含め電力設備の環境問題が取りざたされ始めたことによります。 例えば、1970年代の米国では、ニューヨーク州での送電線建設に対する反対運動を始めとして、幾つかの反対運動が見られた結果、送電線建設に伴う送電線の電気的な環境が周辺の環境にどのような影響を与えるか、特に生態系、農作物、放牧家畜や樹木などへの影響を明らかにする研究の必要性が叫ばれるようになっていきました。

その後の発展

このような環境問題としての研究が進められていく中で、電気工学的に興味がもたれる現象も幾つか観察されるようになっていきました。その一つに、交流の高電界にさらされた植物の先端、葉先からはコロナ放電が生じ、そのコロナ放電によって生じる植物の損傷の程度と、損傷が見られる電界の強さが植物の形状や葉先の様子などによって異なってくることが明らかになっていきました。サボテンのような鋭く尖った形をした植物では、比較的低い電界の強さで損傷が生じること、一方、肉厚な植物では電界がかなりの強さになるまでコロナ放電が生じず、葉先の損傷が見られないことが報告されました。また、これらの現象を理解するために、電気工学ではよく用いられている針対平板電極からなる構造で高電圧と植物体が対面している構造を模擬して、 絶縁破壊メカニズムにより植物で損傷が発生する電界の強さの予測ができることが明らかになり、電気工学の範疇で理解できる興味ある結果が得られています。

さて、日本大学工学部の浅川勇吉名誉教授が、「電界を加えることで水の蒸発が促進され、取り除くと蒸発が遅延する」という現象を1980年代半ばに科学雑誌に発表しました。遡ること、1976年に、イギリス放送協会(BBC)がこの現象をテレビで放映するに当たって、浅川効果と呼んでいたことから、今でも「浅川効果」と呼ばれています。水の蒸発が促進する現象は、交流および直流10数kVの高電圧を針状の電極に加えて、コロナ放電で生じたイオン風による強制対流によると考えられます。簡単なモデル実験でこの現象は確認できますが、この効果を用いることで野菜・穀物類の腐敗防止、食品の保存・乾燥に応用でき、省エネルギー技術の開発が可能であると浅川氏は述べていますが、はたしてその後の研究の進み具合、研究成果の実用化は如何になっているのでしょうか。再度、挑戦してみても面白いと思われます。

最近、電力をあまり使わず、安全・安心の観点から植物工場の照明に発光ダイオード(Light Emitting Diode:LED)を用いた野菜の生産システムの記事が新聞を賑わすようになってきました。高電圧刺激でキノコの収量が増加する記事に見られるように、電気刺激による植物の生育への効果については、多くの方々が興味をもたれているようです。植物に電気を加える実験は、ライデン瓶を用いた実験で見られるように、長い歴史があります。光を用いた野菜の生産に対して、光刺激の補助手段として電気による刺激を加えることで植物の促進効果を狙ったような植物の栽培研究も考えられ、 これからも植物への電気刺激は繰り返し社会を賑わしていくのではないでしょうか。電気を用いて植物の生育をコントールできないかというテーマは、時代を超えて多くの研究者や技術者を引きつける磁石のように魅力があると思われます。

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