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前号で、商用周波磁界と小児白血病との因果関係は認めらないが、仮に因果関係があったと仮定して、推定される磁界による過剰リスクの大きさは、どうして決して高くないと言えるかを説明しました。
本号では、身の回りにあるリスクや電磁界の健康リスクを紹介しましょう。
そもそもリスクとは何でしょうか? リスクの定義は定まっていませんが、京都大学名誉教授木下先生の説明を引用させてもらうと、リスクとは、将来「良くない出来事:回避したい出来事」が起こる頻度とその被害の大きさ』で表され、不確実性を伴うと言えます。頻度とその被害の大きさで表されますが、私達はついついリスク被害の大きさに眼を奪われ、頻度を軽視しがちです。例えば、飛行機は一旦事故が起きると百人規模の尊い命が奪われますので、怖いという印象が強いと思います。一方、自転車は誰でも便利な移動手段として利用しているし、身近な存在です。また、自転車事故では滅多に死亡事故は起きませんので、飛行機より自転車のリスクは当然小さいと受け止めるのは自然です。しかし、事故が起こる頻度はどうでしょうか? 飛行機事故の可能性がある整備不良が分かっただけでもメディアを通じて大きく取り上げられますし、飛行機事故が起これば必ず大きく報道されます。一方、自転車事故はその被害の程度はともあれ、だれでも起こしています。無論死亡事故に繋がる事故も極僅かながらその中に含まれますが、ひき逃げ事故でもなければ、まずは地方版の小さな囲み記事になる程度でしょう。つまり、事故が起こっても私達の眼に止まることは少ないのですが、自転車事故の頻度は飛行機事故に比べて、非常に高い事は容易に想像できます。事故による死亡を「良くない出来事:回避したい出来事」として、事故統計では、飛行機事故による死亡者数は日本で1年に平均して17名、2010年の自転車運転中の死亡者は658名です。日本全体では、自転車のリスクは飛行機の38倍も大きなリスクであり、単回あたりの被害の大きさだけでなく、その頻度も考える必要があります。因みに平成22年度の自動車が大多数を占める交通事故死者数はここ10 年連続して減少し、57 年ぶりに4,000 人台の4862 名になりましたが、飛行機事故の286倍のリスクとなります。
何回か説明しましたが、WHO(世界保健機関)は、2007年の環境保健クライテリアで、商用周波磁界と小児白血病との因果関係は認めらない、言い換えれば商用周波磁界が原因で小児白血病に罹患するとは言えないと判断していますが、仮に因果関係があったと仮定して、磁界による過剰リスクを推定した場合は、どの程度のリスクになるのでしょうか?日本で毎年約450人の患者が発生していますが、これまでの研究から、商用周波磁界によって、その中の0.8%の居住環境で生活する小児が白血病に罹る倍率が2倍に上がると推定されます。しかし、小児白血病そのものの罹患率が低いので、毎年3.6人の小児白血病患者が磁界によって過剰に発生すると予想されます。今回は死者数での比較ですので、現在の小児白血病の治癒率が80%とすると日本で毎年0.7人となり、自転車事故の1,000分の1のリスクと計算されます。
自転車は身の周りにありふれたリスク要因と言えますが、私達はそれ以外にもさまざまなリスク要因にさらされています。例えば、自然災害のリスク(地震津波 洪水 台風 落雷など)、廃棄物のリスク(産業廃棄物 医療廃棄物 漂着ごみなど)、化学物質のリスク(PCB ダイオキシン 残留農薬 食品添加物など)、放射線のリスク(原子力発電事故 放射能汚染など)、建築物のリスク(シックハウス 欠陥住宅 転倒・転落など)、高度技術のリスク(ナノテクノロジー 遺伝子組み換え技術など)、環境リスク(アスベスト 大気汚染 地球温暖化 紫外線など、電磁波もこの中に分類されます)、健康・保健リスク(喫煙 がん 心疾患 糖尿病 高脂質血症 肥満 高血圧 ストレス 骨粗鬆症 飲酒 医薬品 アレルギー 健康食品 インフルエンザ 風邪 狂牛病 食中毒など)、事故リスク(交通事故 飛行機事故 溺死など)、犯罪リスク(空き巣 振り込め詐欺 カード犯罪 放火 暴力行為など)、社会経済活動に伴うリスク(失業・倒産 為替レート 株価 銀行破綻など)など、考えると実にいろいろなリスクがあります。残念ですが、リスクの無い世界は現実には存在していません。これらのリスクを可能な限り回避し、対処する必要がありますが、これをリスク管理と言います。
リスク管理と言うと何か難しいイメージがありますが、実は誰でもリスク概念を持っていて、日頃からこれを認知して、無意識的・感覚的にリスク対策としてコスト(費用)とベネフィット(便益)を勘案して、これに対応(リスク管理)しています。
リスクの防止の例として、私達は遠回りでも横断歩道を渡っています。横断歩道まで遠回りするというコストと交通事故が防止できるというベネフィットを勘案しています。また、健康診断や人間ドックも、健診費用や受診時間というコストは掛かりますが、病気を早期に発見することが出来るベネフィットを得ています。
リスクの影響緩和の例として、雨の天気予報で傘を持参します。傘は嵩張るというコストと傘があればあまり濡れず、影響が緩和できるというベネフィットを比較し、且つ、雨の確率を勘案して傘を持って行くかどうか判断しています。がん保険も、費用は掛かりますが、もしがんになった場合には医療費の軽減というベネフィットを比較し、ご自身ががんに掛かりやすい家系かどうか、ご自身の年齢や支払い能力などを勘案して、加入するのであれば何口入るかを判断しています。
新しいリスクへの対応も行っています。例えば、鳥インフルエンザという新しいリスクに対して、多くの方がマスクを使用しました。マスクを使用する煩わしさというコストを掛けて、鳥インフルエンザ感染が予防(?)できるというベネフィットを期待したと思います。
以上、私達は無意識的に身の周りにあるさまざまなリスクを認知して、その大きさを推定し、コストとベネフィットを勘案して、これに対応しています。しかし、全てのリスクに対応することは事実上不可能です。次善の策として、自分なりに優先順位をつけて対処する必要がありますが、何から手を着けて良いのでしょうか? 次回ではそのヒントを例示したいと思います。