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平成10年、西暦の1998年10月に打ち上げられたスペースシャトルのディスカバリ-号で、世界で初めて微小重力の宇宙空間でシロイヌナズナ、マメ、トウモロコシなどの植物の根に電界をかけたときの成長を明らかにする実験が日本の宇宙飛行士によって行われました。
このスペースシャトルで行った実験で得られた結果は、宇宙のような微小重力環境中では、植物の根が伸びる伸長率が50%、電界に対する感受性が3倍以上に増大したというものです。この結果から、地上では重力に相関して根の内外に電界(定常的な膜電位)が形成されますが、宇宙空間では根の先端に近い若い細胞群(初期伸張域、DEZ:Distal Elongation Zone)の伸張が抑制され、微小重力の宇宙では、電界に依存するこの系の活性がなくなったためDEZの伸張抑制が解除されると共に、電界への感受性が異常に高くなったと推測されました。
平成21年10月26日、高電圧の電気刺激効果によりキノコが増えるという記事がA新聞夕刊に掲載され、高電圧によりキノコの増収効果の可能性が書かれていました。ナメコで1.8倍、クリタケで1.6倍、ハタケシメジで1.3倍というように。記事では、この研究は、雷が落ちた所ではキノコが増えるというような言い伝えを実験的に調べることを目的としているようです。その後、A新聞の記事を読んだエッセイストのS氏は、10月31日付のB新聞の夕刊コラムで、雷とキノコについて、2000年前に書かれたプルタルコスの「食卓歓談集」に、「松路(トリュフ)というきのこは雷が鳴ると生えると言われているのはなぜか」と記載されていることを紹介しています。「食卓歓談集」が翻訳された岩波文庫では「松露(しょうろ)というきのこは雷が鳴ると生える、また眠っている人には雷が落ちないといわれるのはなぜか」との見出しで雷の不思議が述べられています。言い伝えは今に始まったことでもないようです。また、11月15日夕方のAテレビで放映された番組の中でも雷とキノコが紹介されていました。番組の中でキノコを使ったパスタ料理を紹介している時に、出演者がシイタケに高電圧を加えると良く生育することを雷と結び付けて紹介していました。 マツタケも含めキノコが生えることには神秘性があるのでしょうか。
翻って、歴史的には、空中電気の発見以降、雷などの電気現象と生物との関係について多くの研究が行われました。前々回の電磁気今昔で述べたように、フランスの修道院長ジーン・アントン・ノレ師は、植物を電気の中で生育すると電気の中では植物の蒸散が早まることを1747年に観察しています。1770年、イタリアのガルディーニ(Francesco Gardini)教授は、空中電気の植物への生育の効果を観察しようと、庭にワイア線を張ってその下の植物を観察すると多くが枯れ始め、ワイア線を取り外すと植物は生気を取りもどすことを報告しています。1845年には、イギリスのソリー(W.Solly)が同じような実験を行っています。 これらの実験では、自然電気現象、直流の電気現象が対象になっています。
雷の実験を行ったフランスのノレ師は植物についての実験を行っていますが、ノレ師が行った実験の様子を図(図は省略)に示します。実験に際して、彼は空中電気を一箇所に集めるようにしています。机の上に置いてあるのが電気を加えていない対照群と思われ、紐にぶら下がっているのが電気を加えた刺激群で金属製のコンテナに入れたアブラナ科の種子に電気刺激を加えている状態を示しています。ノレ師は、電気刺激を加えた種子は早く発芽し、茎も長くなったと報告しています。この図(図は省略)には、ネコを用いて電気刺激の実験を行っているのが見えます。ノレ師は、ネコをケージの内に入れ、電気を加えて、電気を加えていないネコと体重の違いを比較しています。ネコのほかに、小鳥、最後にはヒトにまで電気を加えた実験を行っています。ヒトについての結果は不明ですが、全て体重の低下が観察されると述べています。その理由を、ノレ師は生物体を毛細管の集合体と見なし、電気を加えることで、毛細管を通して水分の排出が早まるとしています。すなわち、代謝が早くなり、軽くなると考えました。しかし、今から見ると、もし、金属のケージの中にネコを入れて実験を行っているとすると、ファラデー遮蔽(しゃへい)と呼ばれる電気に対する遮蔽効果が考えられ、はたしてネコに十分な電気がかかっているかどうかについては定かでないと言えると思われます。
フランスの人聖職者でモンペリエの物理学者であるベルトロン神父(Pierre Bertholon:1741-1800)も、数多くの電気による植物の栽培実験を行っています。彼の電気を用いて行った実験の多くは、植物、地球科学、ヒトの疾病を対象にしており、例えば、植物を対象にした場合、空気中の大気電気が植物の発芽、成長、開花、収穫に影響するというのが彼の理論的背景です。しかし、神父の試みは、今日から見るといささか馬鹿げていると捉えられている面もありますが、その基本的な考え方は今でも受け入れられているようです。彼は、雷の発生頻度記録と植物の成長に相関があると述べています。その相関を明らかにするには、帯電した雨水と植物の成長促進との関係を調べる実験が必要であると考えられます。今日、私たちは、雨水には雷によって生成された硝酸塩が含まれることを知っています。これが、植物の成長を促進させるのではないかと考えられています。空中電気を集めるのに、ベルトロン神父はエレクトロ・ベジトロメータ(Electro-vegetometer)なるものを組み立てました。これは木柱マストをアンテナとして剣山のような先の尖った多数の針を導体としてつないだものです。 ベルトロン神父は、これを用いることによって植物の収量・品質が改善されるとしました。
ベルトロン神父は、その後、電気マシンから電荷を植物に加える方式を発明し、次ページの図(図は省略)に示すような実験を行っています。これは、農夫が絶縁された四角いカートに乗って移動しながら、野菜に帯電された水(electrified water)をジョウロで撒き、野菜を生育させている様子です。また、小さな絶縁カート上で手に大きな金属の鉄砲状の筒を持ち、野菜に帯電水を与えるような方式も発明しています。しかし、このような方式で野菜の収穫が増えたとしても、なぜ増収したかノレ師の動物・植物への電気刺激実験との説明は難しいのではないでしょうか。ベルトロン神父は、農業における電気の利用は、植物の生育へ適用する以外に病気が侵入した果樹への電気的な殺虫などにも適用できると考えられるとしています。なお、ベルトロン神父は、ヒトの病気に対する電気の作用についての研究をも行っており、今日の電気を用いた療法(Electrotherapy)の先駆者ともいえます。彼は、マイナスの電気を用いて、雷が来そうな時、天気が変化する時にヒトが感じる症状を説明しようと試みています。 この考え方は、ガルバーニの研究に影響を与えたとされています。
その後、フィンランド・ヘルシンキ大学のカール・セリム・レムストレーム教授(Karl Selim Lemstrom:1838-1904)が、空中電気が植物の成長を促進する効果を観察するための実験を進めていきました。彼は、北極に近いスピッツベルゲンやラップランドを1868年から1884年にかけて旅行した際に、植物が生育するのは、日が長いことによるのではなくて他の要因があるのではないかと考え、それを北極光、オーロラがもたらす大氣と地球との間に流れる電流によるとしました。彼の実験結果の一例として、突針付きの鋼鉄ワイアを正(プラス)の電極とした架空線を準備し、その下にオオムギ、コムギ、ライムギ等を栽培し、オオムギ35%、ジャガイモ76%、ダイコン60%の増収を得たとするものがあります。また、ニンジン、イチゴ、キャベツ、エンドウなども試みています。一方、大地をプラスに取ると、20%ほど減少したと報告しています。実験によって条件が異なってきますが、加える電圧は2-70kV、電流は11A程度です。また、彼は電界を加える最適な時間として、朝早く4時間、午後遅く4時間を提案しています。しかし、曇りの日、夜間湿気があるような場合には、終日加えることを述べています。このような実験結果を詳しく述べたレムストレーム教授が著した(Elektrokultur(電気栽培):1902)が「Electricity in Agriculture and Hortculture(農業と園芸における電気)」として英文に翻訳出版されたのも、今から遡ること1904年です。レムストーム教授が著した電気栽培は、植物の研究者よりも電気関係の研究者がより強く興味を持つようになっていき、今日では、 花卉・園芸関係よりも電気関係の言葉として頻繁に用いられているようにも思われます。
空中電気、直流電界の植物への影響を見る研究は1960年以降にも進められました。米国、ペンシルバニア大学のマー(L E.Murr)は、実験室内に電気的な条件を人為的に変えられる設備を作り、植物の成長に対する効果を調べて行きました。彼は、植物体の上部に設けたアルミ板からなる電極に加える電界の強さを様々に変えて生育実験を行いました。その結果、これまで言われているような生育への効果には、電界で見ると一定の強度以下で現れることを述べており、電界がある一定以上の強度になると、生育へのプラスの効果よりも生育を阻害することを指摘しました。その効果の程度は、植物体に流れる電流の大きさを指標とすることで理解できるとしました。彼は、電気を加えた状態で植物体に流れる電流が10-5A(アンペア)以上では葉に破壊が生じ、10-6-10-8Aでベルトロン神父発明の灌水方式は葉に障害が見られ、乾物量が減少するなどのマイナスの作用10-9-10-15Aでは成長が促進し、幹物量の増加などのプラスの作用10-16A では何も効果は無いとする報告をしています。また、この結果から、致死電気屈極性「Lethal Electrotropism」という概念を提唱しています。
最後に、前述した高電圧をかけてキノコの生育が活性化されるかどうかについての研究は、既に20年以上前にA大学の研究グループによって行われています。 その結果、ホダギへの高電圧による電気刺激でシイタケの増収を導き出すことが出来るといった結論が得られ、実用化の研究が進められたことを追記しておきます。