WHOファクトシートNo.322

日常生活環境中の超低周波電磁界に長期ばく露した場合の健康への影響について、人々の大きな関心をひいたのは、送電線などの超低周波磁界ばく露と小児白血病のリスク上昇の関連の有無です。この問題を調査した症例対照研究は数多くありますが、小児白血病は稀少疾患なため、いずれの研究もばく露群の症例数は非常に少数です。そのため、ひとつの研究のデータがその調査地域全体で実際に起きていることを反映しているかどうかの確かさは弱くなってしまいます(これを、統計学的検出力が弱いといいます)。

統計学的検出力を高めるために行われるのがプール分析です。同一の調査条件で実施された複数の疫学研究における症例と対照を、一つの調査で集められたものと仮定して合算し、研究全体でのリスク推定値(統合オッズ比)を計算するものです。超低周波磁界と小児白血病の関連では、スウェーデンのアールボム等(Ahlbom et al. 2000年)1)のプール分析1)が重要な示唆を与えるものと評価されています(環境クライテリア№ 2382))。このプール分析は9 件の研究を統合し、症例数3247人、対照数10400人での統合オッズ比を示しています。

その内容を次ページ以降に一覧表[▶Ⅱ(参考1)]とそのグラフ化で示します。表の見方にもありますように、このプール分析の結果、0.4 マイクロテスラ以上のばく露カテゴリーの統合オッズ比が2.0(95%信頼区間=1.3-3.1)、その95%信頼区間の下限値が1を超えることが示されました。

国際がん研究機関(IARC)は2002年にIARCモノグラフ3)において、超低周波磁界を「人に対する発がん性があるかもしれない(2B)」に分類することを公表しました。この分類は、疫学的研究の「証拠は限定的」、また後述しますように、生物学的研究の「証拠は不十分」という評価に基づいてなされました。すなわち、疫学研究のプール分析で、平均的に0.3~0.4 マイクロテスラを上回る超低周波の居住環境磁界に、日常的にばく露することに関連して、小児白血病リスクが倍増するという一貫したパターンが示されましたが、疫学研究における諸課題[▶Ⅱ(参考2)Ⅱ(参考5)]を勘案して、この証拠は「限定的」と評価されています。[▶Ⅵ(2)

細胞研究では、低周波磁界が果たして小児白血病を引き起こすかという課題に挑戦するさまざまな研究が行われています。それらの結果をまとめた結論として、WHO ファクトシートNo.3224)は、「低レベルの磁界ばく露ががん発生に関与することを示唆するような生物物理学的メカニズムとして正当と認められたものはありません」と述べています。また発がんについて多くの動物研究が行われていますが、全体として磁界の影響は示されていません。したがって、これらを総合評価すれば、「小児白血病に関連する疫学的証拠は因果関係と見なせるほど強いものではありません」というWHO ファクトシートNo.322の結論になります。

なお、「小児白血病以外の小児がんに関する証拠は、小児白血病のものよりさらに弱い」とWHO ファクトシートNo.322 で述べています。

アールボム等のプール分析(2000)における個別研究のオッズ比と統合オッズ比
国名、年、著者0.1 - 0.2μT0.2 - 0.4μT≧ 0.4μT観察数期待数
磁界測定値を用いた研究
カナダ 1999
McBride他
1.3(0.84−2.0) 1.4(0.78−2.5) 1.6(0.65−3.7) 13 10.3
ドイツ 1998
Michaelis 他
1.2(0.58−2.6) 1.7(0.48−5.8) 2.0(0.26−15) 2 0.9
ニュージーランド
1998;1999 Dockerty他
0.67(0.20−2.2) 4 症例
0 対照
0 症例
0 対照
0 0
英国 1999
UKCCSI
0.84(0.57−1.2) 0.98(0.50−1.9) 1.0(0.3−3.4) 4 4.4
米国 1997
Linet 他
1.1(0.81−1.5) 1.0(0.65−1.6) 3.4(1.2−9.5) 17 4.7
磁界計算値を用いた研究
デンマーク 1993
Olsen 他
2.7(0.24−31) 0 症例
8 対照
2 症例
0 対照
2 0
フィンランド 1993
Verkasalo 他
0 症例
19 対照
4.1(0.48−35) 6.2(0.68−57) 1 0.2
ノルウェー 1997
Tynes & Haldorsen
1.8(0.65−4.7) 1.1(0.21−5.2) 0 症例
10 対照
0 2.7
スウェーデン 1993
Feychting & Ahlbom
1.8(0.48−6.4) 0.57(0.07−4.7) 3.7(1.2−11.4) 5 1.5
研究を統合した場合
磁界測定研究 1.1(0.86−1.3) 1.2(0.85−1.5) 1.9(1.1−3.2) 36 20.1
磁界計算研究 1.6(0.77−3.3) 0.79(0.27−2.3) 2.1(0.93−4.9) 8 4.4
全ての研究 1.1(0.89−1.3) 1.1(0.84−1.5) 2.0(1.3−3.1) 44 20.1

2000年のプール分析以降の結果

アールボム等のプール分析以降も、この問題に関し多くの症例対照研究が報告されています。これらの新しい研究結果については、2000年から2010年の症例対照研究をプール分析したカイフェッツ等(Kheifets et al. 2010)5)のプール分析、2011年から2020年の症例対照研究をプール分析したアムーン等(Amoon et al. 2010)6)のプール分析が注目されます。

2010年のプール分析

カイフェッツ等の論文は、2000年から2010年までに公表された居住環境磁界と小児白血病に関する7つの研究に基づいて症例10,865人、対照12,853人のプール分析を紹介しています。7つの研究が実施された国や地域は、ブラジル(2001〜2009)、ドイツ(1988〜1994)、イタリア2 件(1978 〜1997、1986 〜2007)、日本(1999 〜2001:Kabuto等の研究)、タスマニア(1972 〜1980)、英国(1962〜1995)です。

7つの研究のうち大多数が英国の研究データを占めていますが、高いレベルの磁界ばく露を受けた者は少数です。ブラジルの研究は、高いレベルの磁界ばく露を受けた者が逆に多く、プール解析の結果に最も強い影響を与えましたが、研究間でのばらつきが少ないため、プールしても問題ないと判断しています。0.1マイクロテスラ未満に比較して、0.4マイクロテスラ以上のオッズ比は、潜在的なバイアス(統計学的な偏りが否定できないブラジル研究を含めると1.44(95%信頼区間=0.80-2.68)、含めないと2.02(95%信頼区間=0.87-4.69)となりました。つまり、共に95%信頼区間の下限値が1を下回っているため、統計的には有意差がなかったことを示しています。ブラジル研究を含めない場合の新たなプール分析の結果は、2000年のアールボム等の結果、オッズ比は2.00(95%信頼区間=1.27-3.13)と大変良く類似した数値を示しました。しかし、95%信頼区間の下限が1を下回っていますので、統計的に有意なリスク上昇は確認されませんでした。

一方、電力線からの距離で比較すると、200m以上の子供達に比べて50m以内では小児白血病発症のオッズ比が1.59倍(95%信頼区間=1.02-2.50)で、95%信頼区間の下限が1.02で1を下回らないため、統計的に意味のある増加が認められました。

カイフェッツ等は、アールボム等以降に追加されたこれらの研究結果について、アールボム等のプール分析と同等の結果であると結論しています。

2021年のプール分析

アムーン等の論文(Amoon et al., 2021)6)は、2010年から2020年までに公表された居住環境磁界と小児白血病に関する9つの研究報告の中で、プール分析の条件を満たした4つの研究の症例22,128人および対照27,587人のプール分析を紹介しています。4つの研究が実施された国や地域は、米国(1988〜2008)、デンマーク(1968〜2003)、イタリア(1998 〜2001)、英国(1962〜2010)です。解析は、可能な限り多くの症例と対照を用いて、分析の柔軟性を高めるため、無条件ロジスティック回帰分析という統計4モデルで計算した0.1マイクロテスラ未満に比較して、0.4マイクロテスラ以上のオッズ比は、0.95(95%信頼区間=0.57-1.60)、0.95(95%信頼区間=0.57-1.60)、1.08(95%信頼区間=0.65-1.80)、1.07(95%信頼区間=0.64-1.78)となりました。いずれもオッズ比は、1前後であり95%信頼区間が1を跨がっているため、統計的には有意差がなかったことを示しています。

アムーン等はより詳細な解析もしています。小児白血病はいろいろな種類の白血病があるのですが、その内、主な急性リンパ芽球性白血病について着目して急性リンパ芽球性白血病の症例および対照のみの小集団;出生時の住居に着目した小集団;磁界計算値にのみ着目した小集団について磁界ばく露カテゴリーと小児白血病発症についてその関連性を調べましたが、0.4マイクロテスラ以上でオッズ比が上昇していません。

また、対照の出生期間(1953-1983年、1984-1994年、1995-2010年)に着目して磁界ばく露と小児白血病発症の関係も調べています。

0.1マイクロテスラ未満に比べて、0.4マイクロテスラ以上での、1953年-1983年、1984-1994年、1995年-2010年のオッズ比が1.54、1.2、0.71と年代と共に低下傾向がありますが、95%信頼区間が大きく、統計的に有意な変化とは認められませんでした。

さらに、小児の年齢を5歳未満、5歳-10歳未満、10歳以上で階層化して検討していますが、参照カテゴリーの0.1マイクロテスラ未満に比べて、0.4マイクロテスラ以上での小児白血病のリスク上昇は認められませんでした。

この分析では、0.1 マイクロテスラ未満の比較対照カテゴリーに対し、0.05マイクロテスラ刻みばく露カテゴリー (即ち、0.1以上、0.15以上、0.2以上、…、0.75マイクロテスラ以上)を用いて、より高いばく露カテゴリーでオッズ比は僅かに上昇し、0.65マイクロテスラ以上で1.45に達しましたが、同時に不確実性が大きくなりました。また、全てのカテゴリーで95%信頼区間の下限値は一貫して1を下回り、統計的な差は見られません。特に、0.75マイクロテスラ以上という高いばく露カテゴリーでさえ、リスクはこれまでに発表されたプール分析のオッズ比よりも小さく、結果は単一の累進的にばく露が増えれば小児白血病が増加するといった量・反応関係とは整合しないことを示しています。

アムーン等は、最後に、今回のプール分析で得られた結果と過去のプール分析、2000年のアールボム等 (Ahlbom et al. 2000)1)と2010年のカイフェッツ等 (Kheifets et al. 2010)5)の結果を比較すると共に、3つの全てのプール分析を統合して比較しました。測定した磁界値を用いた研究、計算から求めた磁界値を用いた研究、全ての研究の3種類でそれぞれのプール分析結果を比較しています。その結果を図示します。

上の図から、2000年、2010年、2021年のプール分析で0.4マイクロテスラ以上のばく露カテゴリーでオッズ比は、経年的に低下が見られます。論文では低下の原因を考察していますが、明確な答えは得られていません。さらには、アールボム等が用いた1990年代の研究論文から2020年までの論文を全て統合すると、0.4マイクロテスラ以上のばく露カテゴリーで0.1マイクロテスラ未満に比べてオッズ比が1.45ですが、95%信頼区間の下限値が1を下回っているため、統計的に有意なオッズ比の上昇は観察されませんでした。

アムーン等は、結論として、「我々の結果は、先行プール分析で観察されたリスク上昇を示しておらず、また、時間経過に伴い、磁界と小児白血病との関連がない側に影響が低下していることを示している。」と述べています。

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